プロデューサー

2010年9月 2日 (木)

[続]当時の3Dハードスペックは・・・

おはようございます。本日の当番、プロデューサーの角和です。

バタバタしていて、あっと言う間に日直当番が回ってきました。
このところ、「日報あくせくジェ~ムズ」では【号外】が続出して、うれしい限りです。
みなさん、今後ともよろしくお願いします!


さて、前々回のブログでは、僕が初めて開発した3Dゲームで、魑魅魍魎の世界をテーマにしたプロジェクトのサンプル版を、開発部の関係者へプレゼンした際にあがった「凸凹の岩肌が欲しい」やら「洞窟や森は?」との、3D初期ハードに対してのムチャぶりコメントがあがったお話をしましたが、今回はそれらをどの様に乗り切ったかのお話をさせて頂きます。

当時の3Dハードのスペックは、今と比べるとそれはそれは可愛らしいポリゴン描画能力で、今なら普通の携帯電話でも表示できるんじゃない?と言うレベルかと。
※すいません、携帯電話のゲームを開発していないので、憶測ですが・・・

当然、バンプマップやノーマルマップ、スペキュラマップなども非対応の全くシンプルなハードでしたが、とあるデザイナーさんが、テクスチャに対して職人的に手描きで「てかり」を描き込み、「なんちゃってスペキュラ」でCGらしさを再現するという技法を発明されました。
※厳しいスペックの当時では、まさに発明

人手不足の折、ディレクターの僕もモデリングの一部を手伝って?いましたので、この〝職人技〟の上手いデザイナーさんには、ホント脱帽したものです。

で、面倒くさがりの僕は、もうちょっと楽に「なんちゃって~」が出来ないかと考えるわけですが、、、
試しに3Dツール上で岩肌の簡単な凸凹をモデリングし、立体的に見える様にライティングを施してやり、「てかり」「影」のある画像をテクスチャにして張り付けてみたところ、これがまあ、そこそこの立体感を醸し出してるじゃないですか!!!
ついでに、質感に関しても、あらかじめバンプマッピングをした画像をテクスチャ化した「なんちゃってバンプ」によって、さらにゴージャスな画面に仕上ったのでした。

その際に気づいたのですが、このプロジェクトの企画仕様では、あらかじめパス(線路みたいなもの)で引かれたプレイヤーの移動ルートやカメラワークをトレースしていくと言う物だったので、画角を考慮して物を配置すれば、少々嘘をついてもバレないという事が分かりました。
どうしたモンかと保留になっていた森の制作も、あらかじめ3Dツール上で作成した背景モデルをレンダリングし、テクスチャとしてローポリの書き割り(○○新喜劇の背景セットやカッコよく言えば映画のマットペイントかな)モデルにマッピングする事で、欝蒼と茂った森などを再現する事で無事解決、一応。。。


これって発明じゃない!


と、色目気だったのですが、直後にハイポリモデルで作成したキャラクタモデルをテクスチャ化して、ローポリモデルにマッピングした、3D格闘ゲームが発表され、


それの方が凄いじゃん!!


と、ガッカリしたもんですが、当時から、ゲームではなくCG業界では、計算時間短縮の為、シーン中のある程度の遠景モデルを何層かに分けてレンダリングし、それの画像を書き割りとして配置する事は当たり前だったと言う事を、のちに知りました。


かくして、当時はそれなりに満足のいく画面になった幾つかのステージを用意し、お偉いさん(死語?)への2度目のプレゼンに挑んだのです。

結果は・・・十何年も前と言う事もあり、みなさん目が肥えてなかったのか、それなりに評価を得る事ができ、ついに本格始動許可の「ハンコ」が貰えたのでした。

ようやく、商品開発のベースとなる表現方法が固まったわけですが、次回は本格始動直後のお話か、業務用ならではの要素である「筐体(きょうたい)」の開発についての何れかを、お話し出来ればと考えています。

それでは、また。

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2010年6月24日 (木)

太陽光発電、やってみました!

おはようございます。本日の当番、プロデューサーの角和です。

今年も、E3シーズン到来で、ディレクター富田他数名が『E3 2010』の視察の為、ロサンゼルスに行って来ました。
視察時のお話は、イベントレポートの方で、近々掲示させていただけるかと思いますので、楽しみにしていてください。

さて、いつもは、僕のゲーム開発の記憶をたどってお話していますが、今回はちょっと息抜きと言う事で、僕のプライベートのお話にお付き合いください。

タイトルでも書いていますが、太陽光発電を自宅に付けてみたのですが、実は3~4年前頃興味があり、当時、情報を集めてちょこっと研究をしてみたのですが、根っから面倒くさがりの僕なので、一度立ち消えになっていました。

ではそんな面倒くさがりがなぜ重い腰を上げたのかと言うと、常々毎月の光熱費が高いと我が家で問題になっていましたが、それよりも、自宅を建ててほぼ十年、このところいろんな設備が悲鳴を上げ出したのがきっかけでした・・・十年タイマー発動?!

会社では高額な設備等は通常、保守と言う、有料での保障やバージョンアップの為の保険のようなものに入るのですが、家庭でも幾つかの設備に関して実は保守があったりします。
ただし、それに加入できるのは、設備を取り付けて10年間程度までの物が多く、これまで保守費でまかなえてきた数々の修理が、これからは実費でやる必要があると考えると、「そりゃ恐ろしい事になるんじゃないの!!」と・・・。

それで、いっそ各種設備をエコも兼ねて新しくしてみてはという事になり、それならと、太陽光発電の情報も改めて色々集めてみると、現在は、国や地方自治体からの補助金制度ある事や、発電時の余剰電気を売電(ばいでん)するシステムがあったりと、うちの光熱費もちょっとは安くなるかもと言った期待が膨れていきました。

また、この数年間で、太陽光パネル(いわゆる太陽電池)のスペックもほぼピークに達しているようで、あとは太陽光パネルのメーカー選びと設備業者の選定を進めて、遂に先日、全ての工事が終わりました。


あぁ、やっぱり面倒くさかった!!


・・・で、ここまでは、実は余談で、今回のお話はここからが本題。

この、太陽光発電システムですが、(全てのメーカーさんがそうなのかは分かりませんが)リビング等の室内で〝電気使用量〟〝発電量〟〝売電料〟〝買電料〟等々のデータが、その瞬間と1日単位~数年単位に切り替えて見る事が出来る、液晶モニターが付いています。
丁度、〝iPhone〟の1.5倍ぐらいの大きさの物をイメージしてください。

実際に、いろいろ触ってみてふと思ったのですが、表示方法を幾らか変更できる様になっており、役割は十分果たしているのですが、その、、、〝あそび心〟っていう部分が少ないんですよね。
前記した様に、結構なサイズの液晶が付いているので、一応、ユーザーにエンタテインメントをお届けしている僕の厳しい?目からすると、「折角こんなリッチな液晶が付いてんねんからもっと遊ぼうよ・・・〝もったいない〟でした。

おそらく真面目な方が設計されたのではないかと思いますが、教えてくれる各種データはいい感じで集計されていますので、あとは、GUIの部分なんですが、色々出来る事、満載です。
僕らゲーム開発者に一言相談してもらえればどうなるでしょうか?

例えば、簡単なところでは、ユーザーがアバターを作れたりして、発電された電気や買っている電気等をアバターで擬人化し、それらが液晶内でプチ生活(世界)をするなかで、協力しあったり闘う等、各種電気の増減をビジュアル化するだけでも、毎日のぞく気がわいてきそうです。

その程度の遊びでも、太陽光発電を導入したユーザーの実生活と液晶内のプチ生活の〝妙にリンク〟している事が、いつしか楽しく感じる様になってきて、きっとその家庭の〝楽しい日課〟になること請け合いです。
何より、その実生活と〝妙にリンク〟している楽しさが、○○の森のように口コミやセールストークで広がれば、太陽光発電システム普及にもっと加速をつけられるのではないかと思いました。


最後に、

●太陽光発電システムの、メーカーさんへ。
⇒そんな感じで、共感を持たれましたら、いつでもアクセスゲームズに御相談下さい。

●今から家を建てようと考えている方へ。
⇒設計変更が可能でしたら、太陽光発電システム導入の可能性も考えて、日照時間の長い方角に屋根を出来るだけ大きく設計して貰いましょう!
 ※いや、これマジで大事です!!

今回は、ゲームから離れているようで、ちょっとエコ推進に関してゲーム会社のノウハウが何か役立てれそうだな、と言うお話でした。

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2010年4月 9日 (金)

当時の3Dハードスペックは・・・

おはようございます。本日の当番、プロデューサーの角和です。

前回までのあらすじですが、僕がまだアーケードゲームの開発ディレクターをしていた頃、初めての3Dハードでのプロジェクト立ち上げの際、理想と現実を克服するための四苦八苦したプロローグのお話しでした。

新規ハードの黎明期にはつき物の〝ペーパースペック〟と〝実性能〟の違いですが、今回はその部分についてをお話しします。

初期のポリゴンを使ったPC関係のゲームをご存知の方ならお分かりかと思いますが、その多くが〝ダンジョン〟系のゲーム仕様で制作されています。

これには、基本的に壁と天井で地形を構成する閉鎖空間を舞台にする事で、遠距離をどこまで表示するか、レベルデザイナー側でコントロールできるというメリットがあります。
非常に大切な要素で、当時の3Dゲームではかなりここを工夫して舞台を設計していました。

単純に表現しますと、特定の直線距離(仕様)に達する段階で必ず〝曲がり角〟を作るという事です。
勿論、ゲーム性上、曲がり角をつける事が出来きず、見通しの良いマップで構成する場合もあり、皆さんもパラパラと背景の一部や敵が発生する瞬間を見た事があるでしょう、あの現象が起こります。
曲がり角の法則は、ドライブゲーム等でも当時はコース設計にて気をつけられていたようです。

※余談ですが、少し前に家庭用ハイエンドゲーム機で発売していたとあるヒットゲームのステージ切り替えデモ中の表現で、次々と建物が生えてく映像を見たのですが、上記のパラパラ発生の応用技術なのかもしれません

さて、僕の開発していた機種でもそれらに洩れず、基本的には舞台をダンジョンで構成する事としたのは言うまでもありません。

それまでに立てていた幾つかのステージ設計を、ダンジョン形式に引き直してサンプルを作成してみたのですが、これが意外や意外。
テクスチャによっては不自然にならず、一種、お化け屋敷の中の様な不気味な雰囲気を醸し出していました。
これらに、簡単なカメラパス(軌道)を設定して、再生してみたところ、
あたかも自分が歩いているような感じになり、僕の中で更なる手ごたえを感じる事ができました。

ただ、この際に設定したカメラパスデータに、人間が歩いている〝上下の揺れ〟を入れていたのですが、これは失敗・・・あまり3D画面に慣れていなかったせいだとは思いますが、いわゆる〝3D酔い〟をしてしまい、その場にいたスタッフ全員とも昼食を食べられないほど気持ち悪くなったのを、今も覚えています。

早速、カメラパスデータに改良を加え、関係者にプレゼンしたところ、一同、まんざらでもない様子で好意的な意見も幾つかあがり、ホッと一息ついていた矢先に、やはり出ました本部長の〝恐怖の一言〟が!

「フラットな壁ばかりでなく、凸凹の岩肌もあった方がもっと面白いんじゃないの?!」と。

その場にいた他の関係者からも堰(せき) を切った様に、「企画書には洞窟や森の中みたいなのがあるけど大丈夫か?」等の意見が続出して大盛り上がりでしたが「現在、そういったシチュエーションのデータも作成中ですので、近日中にお見せします」と、切り抜けました。

勿論、そんな所まで準備している訳もなく、現在の僕の危機回避能力?は、この頃から培われてきたのかもしれません。
※いい加減さとも言えますが・・・
まあ、プレゼン終了後、チームスタッフとハードウェア担当者とで、大もめミーティングになりましたが・・・

さて、「本開発」のスタート直後に起こった第一の難関をどう切り抜けるかですが、その後のミーティングにて、案外単純な方法で乗り切れる事がわかりました。

その方法はちょっと〝ずるい〟やり方ですが、
次回の当番でお話しさせて頂きます。

それでは、また。

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2010年1月25日 (月)

ちょっと変わったキャラクター制作技法

おはようございます。本日の当番、プロデューサーの角和です。

前回は、僕の初めての3Dハードによるゲーム開発について、立ち上げ早々の頃を
お話ししましたが、初めての事に取り組む時には何かと問題がつきものです。
今回から、初の3Dゲーム開発時の出来事をお話ししたいと思います。

当時の僕の周りでは、まだ「ドット絵」と呼ばれる手法でキャラクター画像制作を
行っていました。
ペンタブレットを使い、今でいうところの「1ピクセル」づつ色を置いて行く事で、アクションの1パターン(ポーズ)を完成させます。
また、今では当たり前ですが、キャラクター画像制作に使えそうな写真や映像がある場合は、スキャナー等で取り込んだ後にそれらを加工し、キャラクターデーターへ
仕上げる手法もこの頃から可能になってきました。

一方、3Dキャラクターはと言うと、既に他社から幾つかの3Dゲームが発売されていましたが、僕の所属していた会社ではそれらをどの様に制作するのかの情報が少なく、社内で3Dの事に詳しい人と片っぱしからレクチャーしてもらったり、各種業界セミナーに参加して「おそらくこの3Dツールが良さそう・・・」という物を選択したのを記憶しています。
※現在のアクセスゲームズでも、その後継となる3Dツールを使用しています

 
で、今回そのツールでハード検証用3Dモデルを作成していたのですが、前回お話ししたとおり、3Dハードのスペックの読みが甘く、目標のエネミー体数を出すにはどうすれば良いかとアイデア出しを続けていたそんなある日、デザイナーN君がふらっと立ち寄ってくれ、彼が所属するプロジェクトで研究していたキャラクター制作技法を思い出し、「暇だったら、ちょっと、詳しく話を聞かせろ!」と拉致し、結果的にはその技法を応用して制作する事に決めました。

その後、半ば強引にN君は僕のチームに引き込む事に!
勿論、
研究期間短縮の為に、彼が元いたプロジェクトで使っていた機材一式とともにね!!
具体的な技法については、聞く人が聞くと何のゲームかが分かってしまうので、ご了承を・・・イメージとしては、「デジタルなんだけど、アナログでアナクロ(死語?)なあやしい技法」みたいな感じで、実は当時の業務用ゲームの幾つかはそれに近い技法で作られている物もありました。

かくして、そのキャラクター制作技法のノウハウを更に蓄積していき、まずは簡単なシミュレーション映像を作ったところ、予想以上におもしろい?!感じに仕上がりました。

 
こっ・・・これなら行けるぞ!!

 
僕は、その映像からヒットの兆しを感じ、その足で開発部本部長の部屋にプレゼンしに行きました、開発予算をいっぱい貰う為にね。

とは言え、この変則的な制作方法は、社内のいろんな人から不安視する声も結構あり障害はあったものの、当時の開発部本部長からや別の部署の監督からも「じぶん(大阪弁で君の意味)おもしろい事考えるなぁ、今まで通りでやっていても目立たへんので、周りから反対されても自分が良いと思った事なんだから、押し通せゃ!と言った言葉に勇気付けられて、この後も様々な問題にぶち当たる事になるこのプロジェクトを、最後までやりきる事ができました。

 
さて、何とか「本開発」のスタートを切った訳ですが、上記のとおり、この後に起こる様々な問題に関しては、次回にお話しさせていただきたいと思います。

ではでは。

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2010年1月 4日 (月)

新年

皆さん、新年あけましておめでとうございます。
アクセスゲームズの角和です。

昨年は格別のお引立てを賜り厚く御礼申し上げます。
年末年始はゆっくり静養されたことと存じます。

昨年は弊社開発のPSPタイトルを、3月・4月と立て続けに発売する事ができました。一年間に2本のタイトルを発売できたのは快挙であり、これも一重に皆さんのご協力及び多大なご声援のおかげと、深く感謝しております。

一方、ゲーム業界では、世界規模で見ると不況の波の脱出口をようやく見つけつつ、幾つかの大ヒット商品が目立ちはするものの、日本国内においてはまだまだこれからと言った感じです。

アクセスゲームズとしましては、STAFF一同、一致団結して現在開発中のプロジェクトを大成功させると共に、新しいプロジェクトを立ち上げ、全世界に挑戦し続けて行きますので、本年も変わらぬご支援・ご声援を頂きます様、よろしくお願いいたします。

                    2010年1月元旦 寅年
株式会社アクセスゲームズ
プロデューサー 角和 邦昭

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2009年11月 2日 (月)

初 3Dゲーム開発開始!!

おはようございます。
本日の当番、プロデューサーの角和です。

前回の終わりに触れましたが、まだ2Dが全盛の社内で、ディレクター2作目にして3Dのハードが使えるという話になった事を書きましたが、今回はそのさわりの部分をお話をしたいと思います。

そもそも当時のアーケードゲームは、プロジェクト毎にハードウェアを設計することが多く、さらに今回は設計中の3Dチップを採用するという事で、最初に渡されたハードは予定のポリゴン表示数を大幅に下回り、1フレームあたり1000ポリゴンに満たないといった、今では考えられないスペックでした。

まずは、暫定的に奥行きを企画の3分の1程度に抑える等して、研究開発を繰り返して行きました。

3Dゲーム開発の第一歩としては、まずまずの走りだしで、小躍りした記憶があります。

ちょっとずつ進化したバージョンのハードとの交換が何度かあり、その都度プログラマーはベンチマークを計測していましたが、ある日、深刻な顔をしてミーティングの依頼がありました。

ミーティングルームに設置されているハードは、プログラマー曰く、「ほぼ完成品に近い3Dチップです・・・」との事。
そこに映っていたのは、かなりローポリゴン化したキャラクターと背景のモデルでした。

現状のままのデザイン仕様ではエネミーが1~2体しか出せない計算となり、さあ、そこからが大変!

一旦、デザイン仕様の面から解決法を検討したのですが、そもそもの3Dモデル制作手法がポリゴン形状である程度のシルエットを作る作業スケジュールで組んでいたものですから、それをテクスチャでの再現にするには、スタッフ数が足りない・・・

とは言え、基本的に考えていたゲーム性が、同時にエネミー数をそれなりに登場させる必要がある物だった為、なんとかして表示出来るようにしないと、プロジェクトが“また中止”になってしまう!!
※ちょっとしたトラウマに・・・


数日間、プログラマーとデザイナー、そして僕の3人で打開策を見出す為のミーティングが続きました。
そんなある日、別のチームのちょっと変わったデザイナーN君が、「プロジェクトが頓挫しちゃったんで、遊びに来ましたですぅ・・・」と開発室内をゾンビの様にうろついているのを見て、「おっ!!その手があったか」と、打開策を思いついたのです。

さあ、どんな手法を思い付いたのでしょうか?

諸事情により、ちょっと今回はあっさり気味で、終わらせて頂きます。
それは、次回をお楽しみに。

ではでは。

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2009年8月17日 (月)

ディレクター2作目の悲劇!!

おはようございます。本日の当番、プロデューサーの角和です。

早いもので、これまで書いてきました僕の『ゲーム開発ヒストリー・ディレクター編』?に突入しまして、前回は、私が初めてディレクター職に就いた際の事を書かせていただきましたが、今回もその後の頃のお話をしたいと思います。

念願かなって、とあるゲームで初ディレクター経験を経て、意気揚々とプログラマF君と次回作の構想を練り始めたのですが、時を同じくして、新規開拓として業務用筺体型ゲーム開発部署が設立され、運良く僕らはその部署に配属となりました。

その頃はまだ各メーカー共、限られたタイトルでしか3Dハードが使えない時代で、多分に洩れず僕達のプロジェクトでは2Dハードでの開発でした。

ところが、その頃3DCGに『どっぷり』魅了されてしまっていた僕達はと言うと、若気の至りと言うかハードの事などお構い無しに、3D空間を使ったドッグファイト・シューティングの企画書作成を夢中になって推し進める事に・・・。

下記に、当時の記憶を頼りに、2Dハードで3Dゲームを作る際に行ったパターン計算を記載します。
※この文章を書いていた際、横で見ていたデザイナーU君が、「いまどきのユーザーはパターンって言われてもわかんないッスよ」と指摘されたので、補足しますが、昔のハードは2Dで描かれたの連番画像をパラパラアニメの様に再生して、キャラクタの向きやポーズを変えていました。


●戦闘機(一機体)パターン計算

①正面から見た回転(Y軸回転)を32パターン

②ループ(つまりX軸回転)を32パターン

③総パターンとしては、「①」の各方向×「②」のループ
 ⇒1024パターン

④機種によっては可変翼のアニメーションとして「③」×パターン分



・・・どうです、当時の僕はこの天文学的数のデータを作成しようと、真面目に仕様作成を行っていたわけですが、今考えるとその純真さに泣けてきますね。

また、プレイヤー機及び敵機(AI)の挙動の仕様と、今では3D配置ツールを使って行う、敵セット(配置)に関してもチョー原始的な、クオータービュー専用グラフ用紙に手書きと戦闘機画像の切り張りで、コツコツと作成した事を覚えています。
※当時は何故かPCで仕様書を書くと言う発想自体がなく、ワープロ(死語?)で打ったテキストを切り張りをするという方法止まりだったと思います。

企画書を作り始めて、丁度チューブファイル一冊分位まで書きためた段階で、前作のプログラマーF君がわけあって別のプロジェクトに引っ越す事となり、僕のチームには別の先輩プログラマーが合流してくる予定となりました。

そんなある日の事。

その先輩が近づいてきて、「どんな仕様で作ろうと思ってるの?」という話になったので、「よし!」とばかりに仕様書を見ながら説明したところ、遠くの空を見つめて「これ、3Dやん・・・大変そうやな・・・と言うより・・・なんとかなれば良いんやけど・・・」と。

おいおい、今更そりゃ無いッスよ、先輩!!


・・・皆さんお察しの通り、このプロジェクトは程なくして、中止となりました。


でも人生悪いことばかりではありません。
ディレクター2作目にしていきなりプロジェクト中止を味わい、傷心の日々を送ってた僕に、ある日、朗報が飛び込んで来たのです。

それは、今までのハードと比較して、数分の一のチップ単価でテクスチャ付きポリゴン(くぅー・・・懐かしい響き)を表示できる新ハードが使える事になるが、挑戦してみるか?!と当時の所属長からのご提案。

この、歴史的ハードとの出会いに、またまた皆さんお察しの通り、『勿論、やります!!』と二つ返事をしている僕がいたのは、言うまでもありません。


この日、僕のゲームデザイナー人生で、3D時代の幕開けになる・・・はずの一日だったのですが、世の中そんなに甘い話は無いものですね・・・ホント。

さて、どんな困難が待ち受けていたのか?この続きのお話は、次回当番の時に話したいと思います。
※また困難かい!!

ではでは。

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2009年6月 5日 (金)

E3シーズン到来!

ご無沙汰しております。本日の当番、プロデューサーの角和です。
前回の当番が、ちょうど『GDC2009』の出張と重なってしまい、
お休みにさせていただきました。

さて、時が立つのは早いもので、ついこの間の3月に『GDC』を視察してきましたが、現在、ロサンゼルスのコンベンションセンターで行われている『E3 2009』の視察の為、ディレクターSWERY他数名が、渡米しています。

思い起こせば、「まだ、ちっぽけな会社だけど、世界の市場も見ておかねば!」と考え、手探りで視察計画を立てて何とか入場手配までして敢行(観光ちゃうで)したのがアクセスゲームズを立ち上げた2002年の事。

ふと、最後に視察したE3の状況を見てみようと、自社サイトの『イベントレポート』をクリックしたところ、E3のレポートが見当たらないではありませんか・・・

そうです、2006年のE3ではPS3やWiiの発表とサプライズ満載だったにも関わらず、突如2007年の規模縮小が発表され、海外の視察を他のゲームショーに切り替えた年に、イベントレポートを始めたからでした。

E3も紆余曲折あった様ですが、今回は晴れて規模を拡大しての実施となり、不況であえいでいる北米において、きっと、ゲーム業界が一番乗りで活気を取り戻してくれるのではないかと、期待しています。

今回は、「あの携帯ゲーム機の新型」「あの据え置き機の新型コントローラー」の発表があると噂されていましたが、E3も三日目に突入して、各種最新情報をがネットに流れていますね。

どうです、皆さんの予想通りだったでしょうか?

アクセスゲームズでもSWERY達からの最新情報が、続々到着しています。
今回の規模について、全盛期の7割程度回復とネットでは書かれていますが、彼らからの情報によると体感的には5割程度との事、もちろん規模はさておき発表されている物はどれも刺激的な内容ばかりです。

また、各種新機軸が導入されゲームのスタイルが増える事で、開発者としてはいろんなアイデアが湧き出て、僕のアイデアメモも、どんどん貯まってきています!!

そうそう、アイデアは、ふとした拍子に浮かぶものです。

会社でならテキストにメモし即保存しますが、困るのが自宅でお風呂に入っている時やベッドに横になった際に浮かんだアイデアの扱いです。

昔はメモを取りに行くのが面倒で、朝起きたら忘れてしまっていて、思い出せずに悶々とした気持ちになったものですが、今では、携帯メールで社用アドレスに送信しています。
・・・面倒くさがりな僕も、会社メールであれば毎日チェックしますので。
※出先で見聞きした、忘れてはならないちょっとした事を、とりあえず会社のメールに送ると言う手は結構使えます、いやほんと!

一言アイデア程度であれば、件名にチャチャッと打ち込んで送信し、後日それらを合体させばアイデアメモが完成です。
ほんと、いい時代になりました。
※商品として完成させるのは、今も変わらず大変ですが・・・

来週には実際に触ってきた視察者も帰国しますので、体感してきた情報を、根掘り葉掘り聞きだす事で、更にアイデアを膨らむのではないかと、今から楽しみです。

イベントレポートが出来上がりましたら、また掲示させていただけるのではないかと思いますので、その際には皆さんもぜひ見に来て下さいね。

それでは、今回はこの位で失礼しようと思いますが、一応、次回の予告などを。

次回予告

『ディレクター2作目の悲劇!!』

乞うご期待♪

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2009年1月 5日 (月)

新年

明けましておめでとうございます。
アクセスゲームズの角和です。

旧年中は格別なご高配を賜り、まことに有難く厚く御礼申し上げます。

年頭にあたり一言ご挨拶申し上げます。

 
我々アクセスゲームズがめでたく新春を迎えられましたのも、
ひとえにゲームユーザーの皆さんによるものと深く感謝致しております。

昨年の10月には、Wii用ゲームソフトスカイ・クロラ イノセン・テイセスが発売されましたが、今年もどんどん新作を発表して行きたいと思います。
皆さんが「あっ!」と驚くようなタイトルばかりを用意していますので、発表される日を楽しみに、しばらくお待ちください。

世間は不況だなんだと大変な状況ではありますが、今年もアクセスゲームズSTAFF一同は一致団結しまして、ゲームファンの皆さんに楽しいゲームライフをお送りする為に、日夜突き進んでまいりますので、ご声援・ご支援を頂きます様、よろしくお願いいたします。

                    2009年1月元旦 丑年
株式会社アクセスゲームズ
プロデューサー 角和 邦昭

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2008年11月28日 (金)

初ディレクターの記憶・・・

おはようございます。本日の当番、プロデューサーの角和です。

今回は、僕が初めてディレクターをさせてもらった際の、涙のエピソードを
お話したいと思います。

ある日、僕が所属していた部署の部長?から、部長室に来るようにとの
お達しがあり、緊張しつつ扉をノックして入室しました。

いつも厳しい部長ですが、今回はニコニコしながら開口いちばん『ネタと
条件は決まってるんやけど、ディレクターをやって欲しいんや!!
ええやろ!?!』
との問いかけに、僕も何も考えずに
『勿論、やります!!』
と二つ返事。

ところが、冒頭の「ネタ」と「条件」には、恐ろしい罠が隠されて
いたのでした。

「ネタ」とは、その会社で昔にヒットしたゲームの続編というお題目
でしたが、正直、そのゲームや同系統のゲームはあまり僕がプレイした事が
無いジャンルでした。
また、「条件」に関しては、もっと恐ろしいもので・・・それは、

         ―――開発期間6ヶ月間―――

まあ、当時の業務用ゲーム開発では、結構短期開発と言うものがあったん
ですが、初めてディレクターをする僕にそんな短期間のプロジェクトを
クリアできるのか??と、考えつつ持ち前の〝イージーさ〟で
『頑張らせて頂きます!』
と答えて、部屋を後にしました。
大昔とは言え乗る方も乗る方だけど、そんな条件をつける方も如何な
ものかと思いますが、今考えてみるとラインナップの充実を図る為の戦略
だったのでしょうね・・・

しかし、そこからが大変。
開発期間もそんなに長く無いので、一日でも勿体無いと、その日じゅうに
関連各チームへ『僕のチームで○○なゲームを創るんだけど一緒にやって
みないか!!』
と声をかけたところ、当時、僕がもっとも仲が良かった
プログラマーF君
を中心に、入社以来腐れ縁の中堅女性背景デザイナー
そして、女の子のキャラクタを描くのが大好きなキャラクターデザイナー
3人が手を上げてくれました。

早速、二週間程かけてテキスト程度の企画草案を作成し、部長に持って
いったところ『これは続編とちゃうね・・・』と一刀両断。

ところが、『でも、まあまあ面白くなりそうだから、企画承認会議に
かけるんで、見切りでスタートしといて!』
とのお言葉があり、何とか胸を
なでおろしチームへ報告。
これで方向性は決まり、チーム員全員、元ネタとなる機種と同ジャンルの
ゲームを研究しまくり、一気に最終までの仕様書を纏め上げました。

ここまでお話した時点で皆さんお気づきかもしれませんが、初めて
ディレクターをする際に誰もが陥りがちな問題に直面。
そうです。スタッフ一同も気づかぬ振りをしつつ、一気に書き上げた
仕様書は、僕たちに残された4.5ヶ月の期間では到底クリアできない
ボリュームになってしまっていたのです。
・・・最低でもキャラクターデザイナーがあと2人は必要である事と、全体
ボリュームを3分の2程度まで落とさないと、誰が考えても更に2ヶ月間は
かかるだろう仕様書でした。

再び部長室の扉を叩き、開発期間をもう少し延ばしてもらえないか相談
したところ、今度は怖い顔で

『あかんに決まってるやん!既に販売スケジュールも
全社的に告知したから、何とかせい!!』

とやっぱり一刀両断。

結局、まずは登場キャラクターを減らし、丁度入社して来たその年の新入
社員を引き込み、何とかチームと言える人数に増強してギリギリの線の
スケジュールの立て直しを敢行。
幸いその際に引き入れた新入社員の1人が、人や動物のアクションを分析
するのが得意だったので、思いのほかスケジュールが順調に進み、僕の
パートもかなりやってもらいました。
※当時僕はキャラクターデザイナーも兼ねていました

何を隠そう、その時の新人こそが、実は今でもアクセスゲームズで一緒に
開発をしている、ディレクターの〝富田〟その人なのです。

勿論、前作同様お約束で、僕も富田も当然のように自分で描いた
キャラクターのボイスを演じ、面白おかしく開発が終了できた事は
いうまでもありません。
※僕だけが喜んでやっていたと言う話も聞きますが・・・

大変ではありましたが、それなりに楽しく開発できたこの機種は、
大ヒットこそしなかったものの、短期開発の割にロケテストではそこそこの
インカムが取れて目標販売台数をクリアした事、そして「武○○闘」の
はしりだったり「フィニッシュ時の効果背景スクロール」や2Dハード
なのに「3D風パース変化」等々、恐らくこのゲームが初めてでは無いかと
思われるアイデアが幾つも盛り込めたので、初ディレクションの仕事としては
何とかミッションコンプリート出来たのではないかと、自負しています。

あっ、それから、僕はこのプロジェクト最中にめでたく?結婚しまして、
チーム員たちの非難を浴びつつも十日間ほどチームをF君に任せて旅行に
行きました。
開発終了までの間は、週一程度でしか帰宅が許されない、涙の「合宿生活」が
続いたのは言うまでもありません。

この機種に関しての思い出は初ディレクションだっただけに、まだまだ
あるのですが、長くなりそうなのでまたいつかお話したいと思います。

ではでは。

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